板金は江戸時代、その前から錺という職種で続いてきました。
明治に入り外国より薄鋼板が輸入され、また生産されるようになり、錺屋からブリキ屋、板金工と呼び名が変っていきました。
それに伴い手掛けるものも農具から社寺仏閣、一般住宅へと変わっていきました。
社寺仏閣の屋根は、薄い銅板を並べてきれいな帯状を重ねたように見せる銅板葺きが主です。銅板の縦横の端を折り曲げてその部分を引っ掛けて連結していく技法です。
銅は時間が経つと青い錆が表面を皮膜し、それによって丈夫になり、長持ちします。
この緑青が荘厳な雰囲気を醸し出します。