畳は昔から清浄無垢なものとされてきました。その証拠にお茶席では茶碗を畳の上に直接置きます。歩く位置も決まっています。

畳は鎌倉時代に武家が勢力を増し、寝殿造りが普及するに伴い発達しました。

室町時代には村田珠光が十八畳の部屋を4等分にして、現在の茶室の基本型である四畳半茶室形式を始めました。このようにお茶と畳には深い関わりがあります。「茶の一椀も喫っせないような畳屋は畳屋にあらず」と言われるのはこのためです。


お花も畳屋の必須科目です。「お客の家に畳をいれる時に、お床に飾ってある花を動かして一枝でもずれていれば直して元の位置に戻す。」それだけの力量がなければならないということです。


お茶室を作るには炉の切り方を知らなければなりません。

お茶の作法には、茶道口から入って踏み込み畳みですぐ曲る、曲るのは1度だけ、畳の縦目にお茶を出してはいけない等たくさんの決まり事があります。

つまり畳の敷き方が作法に影響するのです。また畳の目を基準にして茶碗を出すので、

目数は64目と決っています。端の目が潰れないよう、きっちり64目に縫うのも職人の技の一つです。作法は流派によっても異なります。畳屋は客先の流派を聞き、その部屋の畳の入り方を見てどこに炉を切るかを判断します。


最近は子供部屋として使っていた部屋を茶室に作り直したい、という注文もあります。

この場合部屋は四畳半ではなく八畳であったりするため、どこを茶道口にするかによって炉を切る位置を決め、それに合わせて良い向きに畳を敷き直したりします。



しかし茶室が減り、実際に作った経験のある職人も少なくなりました。

炉の切り方などの技を受け継ぐ職人もほとんどいません。

職人大学校ではこうした、一人前の畳職人には基本とされてきた心構えを教えています。誰が入ってもどの畳屋が見ても文句のつけようがないものを作る、

その自信、自信を支える知識。心を配る職人と配らない職人。手縫いの頃はもちろん、機械縫いのものが一般化した現代でも職人によって畳に性格がでます。


ふつうの人が見たら一枚の畳でも、その中にいかに自分の個性を折り込み気に入ったものを作るか。このような技を伝えることで、優れた職人が増えていくのです。