造園
造園職人の始まりは庭使(庭師)です。その後範囲が広がって、公園、広場、緑地帯、街路樹を手掛けるようになりました。
金沢は特に造園への関心が高く、その証拠に一般家庭には大なり小なり庭があります。金沢ではこれを「背戸」と呼びます。庭の中には木・池・山・垣根があり、これらをいかに見栄え良く配置するかが職人の腕にかかっています。
昔はこのように立派な庭を有するのは裕福な家だけで、一般の農家などにはただ土地があるだけでした。そこは屋根に積もった雪をおろす場所として利用されていました。
しかし、戦後貧富の差がなくなり、除雪機や融雪装置が普及したため、一般家庭にも池や山を配した庭がつくられるようになりました。
金沢の人は庭に凝っていて、植木に対する愛着も強く、良い意味で贅沢です。金沢を代表する贅沢な庭はなんといっても「兼六園」です。日本三名園の中でも最も自然味があり、豪華さがあります。金沢の人はそれを見ながら育ってきたので庭への関心が高いのかもしれません。
庭は「一度つくったら終わり」ではなく、灯篭の形を変えたり石を置き換えてみたりというように、徐々に贅沢になっていくものなのです。例え狭い場所でも、山や池をつくることで遠近法を利用して広く見せることができます。そういう感覚を上手く利用して喜んでもらうのが植木屋なのです。
金沢は庭の普及率が京都に次いで高い所です。しかし、その仕様は異なります。
金沢には金沢の流儀があります。それは雪が降るか降らないか、雨が多いか少ないかなどの条件で、植える木の種類や配置の仕方が違ってくるからです。
金沢の職人は京都より気候が悪い分、技術が必要でした。例えば冬の風物詩となっている「雪吊り」です。幾何学模様できれいな金沢の雪吊りは、安全かつ見栄え良く考慮されています。支柱は倒れないようにバランスを見極めるセンスが必要です。そう言う意味では金沢の職人の方が京都の職人より腕が良いといえます。また、この自信があるからこそ、誇りをもって仕事に取り組めるのです。
現在はクレーン等を使った機械作業が多くなり、昔ながらの技術を知る人が少なくなっています。しかし、機械が入らない場所では人力と知恵が必要です。その方法を知っているのが昔の職人なのです。効率良く作業を進める技も持っています。
また、植木屋には絵心も必要です。多くの場所へ赴き、その景色を頭にきざみ込んで一つの庭に何箇所もの眺めをバランス良く組み合わせる。その出来上がりを絵に描いて説明する。
これらの技を磨き、残すべく、職人大学校ではさまざまな研修が行われています。